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たゆたう暮らし

自分はとても関心があるけれど、世の中的にはそうでもないような事をここに書き記す。

おすすめ記事をお題に。レールに沿った人生とは。

 少し前に、はてなブログのトップページがシンプルになった。表示される項目が変わって「人気エントリー」は「おすすめ記事」になった。

 「人気」という言葉には、自然発生的に盛り上がる感じがあるけれど、「おすすめ」というのは完全に意図的に選ぶものだ。

 たぶんトップページには、運営者が「こういう記事がはてなブログのブランドイメージなのだ」と選定するものが掲載されているんだろう。

 ブログタイムマシーンなんていう過去の模範記事をトップページに掲載することからも、そういう意思がヒシヒシと感じられる。

 

 個人的に気に入っていた「今週のお題」や「新着エントリー」などのある意味ごった煮的なコンテンツは、見えない所に隠された。一時的にしろ、運営側がブランドにそぐわないと思う記事がトップページに掲載されることはなくなった。

 でも人気記事というのも、同じテーマにみんながコメントを寄せていて、ある意味「今週のお題」みたいだなとも思ったり。

 一般的にレールに沿った人生とはどのようなものだろうか。

 平たく言うと、会社員や公務員、場合によっては医者なども入るだろうか。組織に所属することで、きちんと退職までのレールを用意してもらえる、安定感をとても重視した人生だ。

 

 生まれたときから貧しく、家庭内暴力やら非行やらで、犯罪者へまっしぐらというのも、行先が見えているという意味では同じだけど、レールに沿った人生とは少し違う感じがする。

 

 で、なんでレールに沿って進むことをつまらなく感じるのか。

 まず思うに、それはちゃんとレールに沿って歩けてないからではないだろうか。

 既存のレールはそれなりに完成されたものであるから、自らの意志でちゃんとレールに沿って歩いて行けば、その時その時で得られるものも自分の身の丈に合った、良いものになるはずだ。

 その人の努力次第ではレールを少し延長したり、駅を増やしてみたり、レールに沿った人生でもいろいろ成せることはあると思う。

 

 昔ながらの日本の会社員としてはよくあることだと思うけど、自分は最初に乗ったレールから一度も出たことがない人間なので、レールから外れた人生というのが上手く想像できない。

 レールに沿った人生からは、良くて身の丈に合ったものしか得られない、というのが人によってはつまらなく感じるのかもしれない。

 過去の人の価値観で敷かれたレールは、確かに今の世の中では辿りづらいところもある気がする。

 それとも同じレールの上を多くの人が歩いていて、押し合いへし合いするのが嫌なのかな。それはなんか分かる。

 

 「レールに沿った/沿わない人生」というのは、言ってみればどこで働くかという事を言い換えてるだけのような気もする。

 働くということは、誰かの役に立ちながら生きていくということで、そこを踏み外さなければ、会社で働こうとブロガーで稼ごうと、どんな仕事でも自分にとってのやりがいになるはずだ。

 (この辺りの考え方は、この本にだいぶ感化された。)

自分をいかして生きる (ちくま文庫)

自分をいかして生きる (ちくま文庫)

 

 

 件のブログで話題の人が、未踏の地に向けて自分でレールを敷いて行ける人なのか、それとも廃線の路線に迷い込んでいくのかは知らない。人のことを言える立場でもないので。

 

 自分としても1人でてくてくと、わりと整備されたレールの上を歩いてきたけれど、なんのために歩いてるのか実はよく分からなくなってきたところだ。不惑も過ぎたっていうのに困ったもんだと思う。

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