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たゆたう暮らし

自分はとても関心があるけれど、世の中的にはそうでもないような事をここに書き記す。

映画の感想「ハドソン川の奇跡」”155人の命を救い、容疑者になった男”なんて話ではない

映画

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 クリント・イーストウッド監督最新作「ハドソン川の奇跡

 まだ公開直後なので極力ネタバレは避けたいけれど、実話でありストーリーもほぼない映画なのでネタバレなく書くのは難しい。

 これから観に行くって方はこの記事は読まないで下さい。楽しみな映画を観る前は、出来れば予告編も見ずに、フラットな気持ちで映画館に出掛けるのが一番だと思うので。

 観たら「なんだまた傑作か」と思うこと請け合いです。

 

 

 さて、イーストウッド初のIMAX映画とのことなので、こちらも気合を入れてIMAX上映館に行ってきた。

 イーストウッド映画でいつも思うのは、音楽の使われ方が絶妙だなあということ。というか使われ方でなく、使われなさだ。

 今作でもトラブルが発生してからの機上シーンではBGMが全く流れない。飛行機そのものの発する音と操縦席の警告音。乗客の悲鳴と乗務員達の声、管制塔からの通信。

 危機感を煽る音楽がなくても、この胸を締め付けられるような緊迫感。すごいシーンです(語彙力枯渇)。

 そんな機上での208秒間をよりリアルに体験したい方は、IMAXが良いのではないでしょうか。

 

 そして「ハドソン川の奇跡」には、前作「アメリカン・スナイパー」とは違って、観ていてウルウルと涙腺が緩んでしまうような瞬間がたくさんある。

 それは機長の責任感を痛いほど感じるシーンだったり、非常時での乗務員のプロ意識だったり、乗客との交流だったり、NY市民の人情だったり。

 この映画はキャッチにあるように「155人の命を救い、容疑者になった男」なんて話では全然ない。いつものごとく映画会社のトンデモキャッチだ。

 機長は155人の命を救ったけれど、それが最善の方法だったか、より危険の少ない解決策はなかったか事後に悩むのだ。なんというプロフェッショナル意識。

 最善の対応策だったかどうか査問にかけられる展開にはなるけれど、別になんの容疑者にもなっていない。

 

 間違いなく機長はヒーローだけど、その前に信念を持ったプロである。そして映画にはプロフェッショナルな仕事をする人たちがたくさん出てくる。この奇跡は機長1人で成し得たことでもないのだ。

 イーストウッド監督の考えるヒーローに対する定義を垣間見たような、そして普段仕事をしている人間も背中を押されるような、そんな映画だった。